6月も半ばになりました。当「うのクリニック」の開院は、昨年の6月16日です。その前日の15日に内覧会をささやかに行って、16日から診療を開始しました。あっという間に一周年を迎えることとなりました。ちょっと感慨深いしみじみした気持ちです。勝田台や周辺の皆様に支えていただいて、何とか今もつぶれないで医療活動を行っております。ありがとうございます。そして、今後ともよろしくお願い申し上げます。
せっかくの一周年記念ですので、今回は随想を書かせていただこうと思います。おヒマな方だけお読みいただけますと幸いです。
2005年頃から、「医療崩壊」とマスコミや厚生労働省が叫び始めたような気がします。
2006年2月に報道された「福島県立大野病院産科医逮捕事件」が大きなターニング・ポイントになったように思います。簡単に説明しますと、一人で産科を担っていた病院勤務医がお産を行っていた際に、患者が急変し緊急帝王切開術を行ったが、前置胎盤という病態のため出血が止まらず、子供は助かったものの母親が亡くなった、という事態です。大量の出血が制御できず患者を大きな病院に移送することもできなかったようです。主治医は患者を見殺しにしたわけではなかったのです。あまりにも不幸な予測できない病態により、患者様は亡くなったのです。最初から設備の整った大病院でお産をしていれば助かった可能性はありますが、術前に予測するのは難しかったし、全てのお産を大病院に集中させることなど不可能です。本当に、ご家族にも主治医にも不幸な出来事でした。
問題は、この不幸な出来事により産科医が逮捕され、手錠を付けて連行される映像が何度も放映される事態になったことです。逮捕後に裁判が行われ、結局は無罪の判決が出ました。ご家族はこの母親を失い、主治医と争い、さらに長い時間を裁判に費やし、結局何を得ることができたのでしょうか?お産も含めて、医療とは絶対的なものではなく、最悪の場合、患者が死亡するという悲劇を生むことがあるのです。この悲劇に対し、裁判所は「殺人を犯した凶悪犯罪者」と「患者を残念ながら失い悲しみの底にある医師」とを同列に扱います。この事件後、産科を執り行わなくなる病院が全国で続出しました。さらに、産科だけでなく、小児科や内科の病院勤務医も続々と撤退を始めたのです。
患者様が急変する可能性のある病態は、お産だけではありません。私も昨年開業するまでは、約20年間病院で勤務していました。消化器内科がやや得意でありましたので、内視鏡検査をたくさん行いました。胃からの出血に対する止血処置や総胆管内の結石除去など急変すると命を失いかねないリスクの高い処置を何度も行ってきました。幸いなことに、逮捕されることはありませんでしたが、いつも、もし急変したら裁判にかけられるのか?と自問しながら、危険な橋を渡り続けてきたのです。
大きな病院ならば、設備もスタッフも整っているし、緊急の場合にすぐ手術や処置が可能でしょうが、小さな病院ではそうはいきません。私が務めていた100床程度の小規模病院では、夜は当直医一人の体制でした。交代で当直し、入院している具合の悪い患者に対応し、さらに真夜中に救急車で来院する外来患者も診療するのです。
吐血患者に緊急内視鏡を行い、胃潰瘍からの出血と診断し、やっとの事で止血し輸血して点滴して、午後の外来と回診を行い、そのまま当直して、他の具合が悪くなった患者にも処置を行って、ようやく仮眠できたのが深夜2時。すぐ3時に救急車で起こされて、来たのは足の小指をムカデに刺されたと歩いて降りてくる患者。何で救急車で来る必要があるの?と問いかけると、酔っぱらった付き添いの夫から患者を選ぶのかと襟首をつかまれて罵声を浴びる始末。軟膏をちょっと塗ってお帰りいただいた後も、そのまま寝られずに他の救急車に対応して、翌日も朝から外来と検査が始まるのです。こんな事が日常茶飯事でした。ずっと前から労働基準法違反だと思っていましたが、医師たるもの、目の前の患者様を助けるやりがいのある仕事と割り切って、甘んじて受け入れてきたのです。今までは、そんな医療関係者の良心に支えられてこの国の医療は成り立ってきたのだと思います。でも、福島産科事件の後、良心のみでは医療が行えない時代になってしまったのです。
PL法が成立し、メーカー側が商品による被害を弁償しなければならなくなりました。コーヒーが熱すぎて唇に火傷をしたのは喫茶店の責任であるとか、濡れた猫を乾かすために電子レンジで通電し死んでしまったのは電器メーカーのせいだとか、常識で考えればあり得ないような訴訟が行われているアメリカのように、今の日本も常識が通用しない訴訟社会になりつつあります。これと同じように、医療行為の結果責任は完全なものでなければならないという風潮が確立しつつあるのです。
繰り返しますが、医療は絶対ではないのです。症状を和らげて、苦痛を取り除く努力をしますが、手術にも薬にも、そして医師の診断にも、予測不可能な問題が起こりうるのです。TVではスーパードクターという完全無欠な自信満々の医師が登場し、患者が集まっているようです。でも、完璧な人間などいるはずがありません。TVには映らない問題が隠されているだけです。むしろ人間は、必ず何らかの過ちを犯してしまう存在なのではないか、とさえ思うのです。
20年間の病院勤務で、一人夜間当直の無力さと、多数の入院患者を抱える危うさとに、私なりに一生懸命に正面から向き合ってきました。しかし、なぜか少しずつ勤務医の数は減っていき、残った医師の負担は増加し、対応不能になりました。これからは、外来部門と入院部門を分けることにより、病院勤務医の負担を軽減すべきと考え、私も開業医になることを決意しました。開業医が外来部門を引き受けて、入院が必要な患者様を適切に紹介搬送すべきであると思ったからです。
存続できなくなり閉鎖になった病院が全国的に増えています。銚子市立病院の話は記憶に新しいと思います。さらに千葉県では、成田赤十字病院や松戸市立病院も内科医が減って危機にあります。いわゆる大病院志向、ブランド志向が、病院の外来部門を疲弊させているのです。風邪や、足の先をムカデに刺された患者が、救急車で病院に搬送されるのは、やはり問題があると言わざるを得ません。もちろん、ただの風邪かどうかを判断できないなど、やむを得ない場合もあるでしょうが、近くの開業医に相談してからでも良さそうです。そのための開業医なのです。
八千代市の場合、夜間休日救急当番医制度があります。夜間に急病になったときに、多少の余裕がある場合は、救急車を呼ぶ前に当番医まで電話してみてください。当日の急病待機医は、テレホン案内(内科・小児科系TEL482‐6870、外科系TEL482-6871)でご確認ください。案内時間は、平日は19時から、土・日・祝日は17時からで、それぞれ翌日の8時30分までです。夜間急病待機の4医療機関は、勝田台病院/セントマーガレット病院/島田台病院/メディカルプラザ加瀬外科ですが、この4医療機関で対応が難しい場合は、八千代医療センターが対応することになっています。
http://www.city.yachiyo.chiba.jp/osirase/kyukyu_iryou_taisei.html
小児救急に関しては、「小児救急電話相談(#8000)事業」があります。平日、休日ともに夜間19:00〜22:00に電話で相談を受け付けています。電話番号は「#8000」です。自宅からも携帯からも電話可能ですので、利用してみてください。
http://www.mhlw.go.jp/topics/2006/10/tp1010-3.html
私は開業医となってから、経営に苦心するようになりました。今までの病院勤務時代には考えなかったことです。でもそれと引き替えに、若干の余裕を手に入れました。勤務医時代はあまりにも忙しく、笑顔も作れないほどでした。休みの日も、深夜も、病棟からかかってくる患者急変の電話に怯えていましたが、今は電話も少し恐くなくなりました。これからの私の使命は、病棟を担当する病院勤務医の負担を軽減するために、外来対応で済むような患者様の病状管理に務めることだと思います。そして、入院や手術が必要な患者様の迅速かつ適切な紹介搬送も行わなければなりません。これらは心して、一生懸命行っていきたいと思います。
病院勤務医は疲弊しています。比較的軽症の場合の外来対応は、私たち開業医にお任せいただけますと幸いに存じます。大学病院や大病院は、本当に必要なときに利用すべきと思います。せっかくフル・オープンした東京女子医科大学八千代医療センターが、万が一存続できなくなってしまったら大変です。私たち開業医も当番で同センターの小児科夜間救急診療をお手伝いしております。市内に大学病院があることは大変心強いことですが、利用の仕方に工夫をすることにより、末永く共に歩んでいけるものと信じます。
私は、完璧なスーパードクターではありませんが、勝田台の皆様の信頼に足る医療を行っていけるように努力して参ります。絶対安全な医療はあり得ないと思いますが、信頼を裏切らない誠意ある医療を目指したいと思います。まだ、たった一年経ったばかりですが、「うのクリニック」を今後ともよろしくお願い申し上げます。
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