私が小学5年生の頃の話です。
私は、あるデパートの登りエスカレーターに乗っていました。すると、ステップ部分に立っている足に比べて、手すりにおいた左手が、先に早く進んで、前のめりになりそうになりました。私は、エスカレーターのステップと手すりは完全に同期するのが当然と思っていましたので、大変驚きました。故障に違いないと考え、そばにいる父母に訴えました。しかし、二人は笑って相手にしてくれません。「その程度のずれはあっても良いのだよ」と。
昭和47年頃の話ですので、エスカレーターは大きなデパートにしかありませんでした。勝田台駅にも階段しか無かった頃です。私は、エスカレーターに乗る際に、必ず手すりとステップの早さのずれを確かめるようになりました。すると、きちんと同期しているよりも、多少のずれがある方が多いことに気づきました。まだ、日本が高度経済の波に乗り始めた頃で、日本の技術は世界に対し遅れている印象を受け、少しがっかりしたものでした。
その後、このエスカレーターの同期問題は、私の心の中で封印され、どうでもよい既成事実となっていました。世の中には、完璧なものなどは無い、多少のゆるみがある方が自然なのだ。人間もしかりである。完璧を目指す人間は、いざその完璧性に狂いが生じると、精神面で破綻する。鬱病の発症例が増えつつあるのは、その完璧性の追求と無関係とは思えない。そのようなことをつらつらと考え、自分の観察結果の整合性を自己評価していたのでした。
数ヶ月前のある日、私は混み合ったエスカレーターに乗っていました。左側に立ち止まる人が列をなし、右側を急ぐ人が歩いて登っていました。右を登る人がつまずいて後ろに倒れそうになり、大事故になりかけました。私は左側に立っており難を逃れ、右を歩く人たちもどうにか怪我はしないですみました。このとき思ったのです。手すりがエスカレーターの下側に早く進むと、つまり登りエスカレーターでは、ステップよりも手すりの進みが遅い場合は、後ろ側(下側)に体が傾き、転倒し事故を起こす可能性が生じます。これはまずい、と。その後さらに観察を続け、手すりが同期していない場合でも、ステップより上側に早く進むことが多いことに気づきました。
さて、ここから調査を開始しました。最近はインターネットで簡単に調べることが出来ます。図書館に行く回数が減ったのは、少し残念なことですが。調べてみると、手すりはゴムのため、伸びてしまうと進む速度が変化するため、ステップとの完全な同期が難しいようです。エスカレーターとは、極めてアナログな乗り物だったわけです。そのため、定期的に手すりの速度を調整し、事故が起きないように「上側に少し早く進む」ようにしているそうです。自分の観察の正確さを検証することが出来て、胸のもやもやが晴れました。こうして、我が国におけるエスカレーター業界の汚名も払拭されたわけです。
それでは結語です。エレベーターよりもエスカレーターに乗りましょう。なかなか奥が深い乗り物なのであります。私たちも、エスカレーターの手すりのように、多少の余裕を持ちつつ、少しだけ上を目指していきたいものですね。
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